今更読了。もちろん翻訳版(絶版?ですよね・・・)。
最近買うだけ買って積んでいた音楽関係の書籍をぼつぼつ読んでます。
何を今更という感じではあるが,やっぱ破滅型ロック・ミュージシャンの伝記は面白い。これはGERMSというロス・アンジェルスの初期パンクシーンで活躍し,1980年に自殺したダービー・クラッシュという人に関して,関係者の証言をまとめた本。伝記とは言い辛いか?
カリスマ性だけはあったのだろう。故にパンクヒーローになれたし,不幸な結末にもなった。彼の属性をまとめよう。
・ファシズムに傾倒した詩人(ただし,人種差別はNO)
・家庭環境に恵まれず
・甘えん坊でかつ女性が世話をしたくなるタイプ
・ヤク中
・カミングアウトできなかったゲイ
まあ,なんでこういうまとめ方をしているかというと,単に音楽に対する理解のためだったりします。GERMSの残された音源を聴くにあたって,パンクという,ある意味獰猛な単語だけで語っても本質は見えてこないと思うから。
↑全曲集。
1stシングルでのダメ人間っぷりも素晴らしいですが,唯一のアルバム『GI』におけるどこか弱々しいニュアンスに触れると,やはりハードコアになる前のUSパンクだな,と思うわけです。
↑同時代で,ダービーが唯一尊敬していたバンドXの1st。X JAPANの改名のきっかけw
かなりポップな仕上がり。というかそういう志向のバンド。ブロンディみたいな感じを想像してもよいかも。ドアーズの「ソウル・キッチン」のやけにポップなカバーも収録。
- 2008/08/18(月) 09:05:38|
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最近CSで「金田一少年の事件簿」のアニメ版をよく観ている。雑誌に連載中も楽しく読ませていただいたものだが,不満が無かったわけではない。乱歩〜正史の流れを汲む猟奇殺人を,新本格が主流となった時代に合わせてブラッシュアップした「金田一少年」は実に素晴らしい作品だと思うが,一方でもう少し猟奇性を画力で表現できていれば,と思うこともよくあった。まあ昭和オヤジの戯言かもしれませんが。
じゃあ,誰がいいのよ?ということになると,日野日出志か花輪和一,大御所であれば楳図かずおといった傾向とレベルの人がいい。個人的には,丸尾末広がベストかなあ。
・・・といった人向けの,乱歩の傑作を丸尾末広が漫画化したのがこれ。
ストーリーや心理描写は,ちょっと簡略化されすぎている気がしないでもないが,やはりパノラマ島の表現は素晴らしい。ただのエロランドにしかなっていない「美女シリーズ」のものとは雲泥の差だ。人間の狂気が充満したこの世の天国。ここを見るだけでも価値がある。できればカラーでも見たかったかも。
いい画ですよね。
文句いいましたけど,これは紛れもない傑作です。ジャケットもいい画ですw
これもパノラマ島が原作ですが,「孤島の鬼」との原作合体という荒業のために,パノラマ島は奇形人間の島になりました。これも傑作でかつ,いい画です。
- 2008/08/13(水) 08:09:38|
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ジェイムス・チャンスの,まさかの来日公演に合わせたタイミングで出版された本。
70年代末のNYでは,所謂ニューヨークパンクが起こり,更にNYパンクの拡散と同じタイミングでNO WAVEというムーヴメントが勃発した。実はこの動きに関しては,NYパンク(テレヴィジョンやパティ・スミスやラモーンズね)ほど情報が無く,いまいちどういったものだったのかわかりにくい。しかし,幸運にもNO WAVEに関しては,日本人ミュージシャンのレック,チコヒゲ,イクエ・モリらがどっぷり関係しているので,こういった証言本で,ムーヴメントの一面を知ることができる。
・・・とは書いたものの,あまり資料的な価値はないかも。読み物としてジェイムス・チャンスのケンカが弱い話が面白かったかな。客席に乱入してボコられるパフォーマンスって・・・。
amazonのレビュワーも書いていますが,NO WAVEの本質はコントーションズではなく,マーズやDNA(あるいはスーサイド)だと思います。しかし,それとは別にコントーションズはカッコいいです。
イクエ・モリが在籍したDNAの全曲集。2003年頃に奇跡の発売だったもの。ヤバいです。
初期のコントーションズに在籍したレックとチコヒゲが日本で結成したバンドの1st。坂本龍一プロデュース。本当は1stシングルをオススメしたいところですが,廃盤!
- 2008/08/12(火) 08:19:14|
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今期のドラマは観るものが無い!
いや,深田恭子の「毎度おさわがせします」モドキやら,織田裕二が「型破りな教師を演じるドラマ」やら,観てますけど,う〜ん,何かこうグッとこない。しかし・・・
33分探偵これはなかなか面白い。
ミステリってのは,トリックやらトリックを使う理由やら動機やら,理論的な整合性が求められるものである・・・というのは多分まやかしで,全てのミステリに言えることだが,ミステリの結末というものは,蓋然性のあるあらゆるパターンのうちの最も「エレガントである」という認識を,作者と読者の間で共有できるものが選択されているだけなのだ。本当に必然性のある結末とは,ドラマ性とは遠く離れた場所にある。
この33分探偵は,それを描く。
返り血を浴びて,犯行を自白している人間がいるにも関わらず,遺書がある密室での首吊りであるにも関わらず,探偵はあらゆる可能性を調査せずにはいられない。ありもしない人間関係を仮定し,誰にも不可能だと思われるようなトリックを検証し,そして辿り着く最初からわかっていた真実。そう,この物語は,ただ結末がリアルなミステリだ。
これって,何かヒントになるよう作品があったりするんですかね?
- 2008/08/11(月) 07:55:27|
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「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。
10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。
終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。
しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。
あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。
私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義」
- 2008/08/07(木) 20:16:34|
- サブカル
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